デス・オーバチュア
第297話「烈華開花(れっかかいほう)」




「まさか、私の世界が内側から灼き尽くされるとはな……」
アドーナイオスとアッシュの前方、何もない空間からベリアルが姿を現す。
「即興世界などで済ませるからだ。まして貴様の反世界には女性はフリーパスという致命的な欠陥がある」
アッシュは嘲笑うように愉しげな声で言った。
「欠陥ではなく特性だ、こればかりは仕方がない」
ベリアルがパチンと指を鳴らすと彼の『影の中』から、タナトス、皇牙、エレクトラ、ファーストが飛び出してくる。
「もっとも、君と悪魔王だけはできることなら『立ち入り禁止』にしたいものだ」
「ふふん、悪魔王と同列に嫌ってくれるとは光栄の極みだな」
涼しげな微笑を浮かべて拒絶するベリアルに、アッシュは嘲るような鼻笑いで返した。
「……元の世界に戻ったのか?」
「みたいね、なんか知らないのが一匹増えてるけど……」
皇牙はアッシュに不審の眼差しを向ける。
「さて、どうする、アドーナイオス? そろそろ引き時だと思うが……」
アッシュは皇牙の眼差しなど気にもせず、隣の竜面の男に声をかけた。
「ふぅん、言われるまでもない。興は削がれ、怒りも醒めた……帰るぞ、アッシュ!」
アドーナイオスはあっさりとこの場から背中を向ける。
「……だそうだ。では、私もこれで失礼させてもらうとしよう」
「待ちなさいよ! あんたいったい何なのよ!?」
「……名ぐらい告げていけ……」
皇牙は苛立ったように、タナトスは警戒しながら、アッシュを引き留めた。
「気持ち悪いのよ、あんた……悪魔……なの?」
「お前もエレクトラの仲間……アルコンティスなのか?」
「私の名はH(アッシュ)……ただの観察者(オブザーバー)だ」
「答えになって……」
「ドラクル!」
遙か後方から、『無人の赤い馬威駆(バイク)』が爆音を響かせながら駆けてくる。
「とうっ!」
アッシュは跳躍し、後方宙返りを極めて、赤い馬威駆へと飛び乗った。
「馬威駆? だが……」
赤い馬威駆は、以前タナトスが見たラッセルの馬威駆に比べて小型で、鋭利(シャープ)なデザインをしている。
最大の違いは、視界を確保する部分に透明な外装(カウル)がついてることだ。
「あの男のと違って私のはフルカウルだからな……まあ、そもそもあんな超骨董品と私の『ドラクルROSIE』を比べること自体間違いなのだが……」
タナトスの心を読んだかのようにアッシュが答える。
「ドラクル? ロシエ?」
「そう、赤い竜(ドラクル・ロシエ)だ!」
「うっ!?」
アッシュを乗せた赤い馬威駆は雄叫びのような爆音を上げ、タナトスへと襲いかかった。
「……いきなり轢き逃げアタック? ふざけたことしてくれるじゃない……」
タナトスの前へと割り込んだ皇牙は、突きだした左手だけで赤い馬威駆の突進を押し止めている。
「ほう、流石は異界竜、大した『馬力』だな」
「はあぁ~? 力なんてまったく入れて……ないわよっ!」
力は今から入れたとばかりに、皇牙の左手の五指が赤い馬威駆のライト部分にめり込んでいく。
「だいたいね……こんな機械仕掛けの乗り物が……『竜』を名乗ること自体気に入らないのよぉぉっ!」
皇牙は左手でライトを抉り取ると同時に、右拳で馬威駆を殴りつけようとした。
右拳が届く寸前、赤い馬威駆は垂直に真上へと跳び上がる。
「あああぁっ!?」
ありえない『動き』だった。
二つの車輪を回して走る乗り物である以上、直角に横や上に動けるはずがない。
「まさか、『腕』で持ち上げたの!?」
腕力だけで、乗り物ごと自分自身を空へと放り上げた。
そんな馬鹿なことが……。
「アナコンダ!」
アッシュの左手に全長346mmの銀色の回転式拳銃(リボルバー)が出現した。
回転式拳銃から連続して六発の弾丸が発射される。
「ふざけるなぁっ!」
皇牙は右手の一薙ぎで作り出した風圧で、全ての弾丸を吹き飛ばした。
「ロイヤルダブルライフル」
上ではなく前方からの声。
迎撃している間に、アッシュは皇牙を飛び越し前方へと着地していた。
その右手には、『美しく装飾された水平二連式の狩猟用小銃』が握られている。
「手持ちで最強の小銃(ライフル)弾だ、受けてみるか?」
答えは聞いていないとばかりに、爆発の如き銃声を上げ小銃から弾丸が発射される。
「銃器(飛び道具)なんてどこまで至っても玩具よっ!」
皇牙は思いっきり右掌を突き出し、弾丸を正面から受け止めた。
「グ……ガァァッ!」
そして、掌中の弾丸を一気に握り潰す。
「ふふん、やはり象撃ち用の小銃弾で竜は狩れぬか」
アッシュは右手に持った小銃の根本を折れ(ブレイクオープン)させ、空の薬莢を排出した。
次いで、新しい弾薬を小銃に装填しようとするが……。
「象(ケダモノ)と竜を一緒にするなああぁっ!」
それより速く、皇牙がアッシュに跳びかかった。
「竜爪(りゅうそう)……」
皇牙の右手の黒爪がそれぞれ伸び上がり、五本の鋭利な刃と化す。
「ふふん」
小銃の装填は完了するが、ここまで肉薄された後では銃身の長さが仇となり射撃は不可能だった。
「ご……づうぁっ!?」
五連の爪刃を振り下ろそうとした皇牙に『無数の飛礫』が浴びせられる。
「ふふん、もう一発~♪」
皇牙の左手には『銃身と銃床が切り詰めれた上下二連式の散弾銃』がいつの間にか握られていた。
「ぶぅぅっ! いい加減に……しろうおおおおおおっっ!」
二発目の『散弾』を全身で受けながらも、皇牙は爪刃の右手を振り切る。
鋭く烈しい五筋の衝撃波が走り抜け、『無人の大地』に五つの亀裂が刻み残された。
「こんな飛礫痛くも痒くもないけどウザイのよっ!」
着地した皇牙の視界内にアッシュの姿は無い。
「最初から目潰し……いや、『目眩まし』以上の効果は期待していない」
声は皇牙の遙か後方からした。
皇牙は地面に注意をしながら声の方向にゆっくりと踵を返す。
アッシュは馬威駆に跨ったまま、右手に持った小銃に左手を添えて構えていた。
「……あんた、やっぱり『動き』がおかしいわ……」
散弾に気を取られていた僅かな間に、あんな遠くまで移動できるはずがいない。
それ以前に、あの時馬威駆の排気音はしなかったし、何より地面にあそこまでのタイヤの跡が続いていないのだ。
「バレたか……実はこの馬威駆は『バック』ができるんだ」
「ふざけるなぁぁっ!」
「嘘じゃないぞ、何ならやってみせようか?」
「そうじゃなくて……」
後進ができようが、直角に曲がれようが、一瞬でタイヤ跡も残さずにあそこまで移動できたことの説明にならない。
「OH! 射撃用の散弾銃(ショットガン)を『Sawed off』なんて勿体ないことするネ~」
「機械人形(ガラクタ)!?」
「HAHAHAHAHAHA! 極東(イーストエンド)では世話になったネ、 竜姫(ドラゴンプリンセス)?」
独特の笑い声と共に、翠緑色のトレンチコートを着こなした銃士(ガンナー)型人形バーデュアが姿を現した。




皇牙はこの機械人形を知っている。
極東において、自分に挑んできた天魔族(奴隷種)の仲間だ。
「奴隷の下僕が何の用よ? 性懲りもなく異界竜様(あたし)を狙ってきたの?」
「HAHAHA、心配無用ネ。昨日の標的(ターゲット)は今日の親友(ベストフレンド)ヨ」
バーデュアはベルトを外し、トレンチコートの中から二丁の散弾銃を取り出す。
「そして、今日のMEの敵(エネミー)はYOUネ!」
二丁の散弾銃の銃口は皇牙ではなくアッシュへと向けられた。
「ほう、私を敵と認識するか? 翠緑の守護人形よ」
「YES! YOUはマスターのシスター、シスターのマスターを轢き殺そうとしたヨ! 衝突(クラッシュ)未遂ネっ!」
フローラ(マスター)の姉(シスター)、アンベル(シスター)の主人(マスター)、どちらにしろタナトスのことである。
「何だ、そちらの意味か……」
「NO! 渡世の仁義だけじゃないヨ! 守護者(ガーディアン)としての宿命(フェイト)でもあるネ!」
二丁の散弾銃が同時に発砲された。
「ふふん、どうやら過大評価ではなかったらしいな」
アッシュは小銃を連続でぶっ放す。
二発の弾丸が、まだ広がりきる前の散弾の群れに炸裂した。
「YOUのような害虫はこの地上に必要ないネ! MEが駆逐してあげるヨ! FIRE! FIRE!」
バーデュアは続け様に両手の散弾銃を撃ち放つ。
解き放たれた散弾は拡散しながら、先に放たれた散弾の後を追い、『散弾の多重壁』を形成してアッシュへと押し迫った。
「確かに、私の正体を見抜いたのは評価に値するが……それ故に身の程知らずだなっ!」
アッシュは馬威駆から飛び降りると同時に、一輪の深紅の薔薇を投げつける。
「烈華開花(れっかかいほう)っ!」
深紅の薔薇が灼熱色に光り輝く。
「渦流突破(かりゅうとっぱ)ぁぁっ!!」
灼熱の薔薇は烈火の渦を発生させ、散弾の多重壁を巻き込むように突き破っていった。
「OOOHHHHHHっ!?」
バーデュアが咄嗟に前面で交差させた二丁の散弾銃に、燦然と輝く灼熱の薔薇が突き刺さる。
「華烈(かれつ)に散れ!」
『離れなさい』
「What? NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッッ!?」
灼熱の薔薇が弾け散った瞬間、烈火の大爆発がバーデュアの姿を呑み込んだ。




「ふふん、遊戯(あそび)に『能力』は使わないつもりだったのだがな……つい使ってしまった……」
アッシュは自嘲するように微笑う。
「薔薇に炎……『熱気』を込める能力か……?」
随分と回りくどい能力だとタナトスは思った。
炎熱を直接放つのではなく、物質に込めて投擲する。
利点もあるだろうが、二度手間の印象の方が強い。
「まさに役立たず(ガラクタ)、瞬殺だったわね」
「あ……」
皇牙の独り言で、タナトスはバーデュア(声を掛ける間もなく倒されてしまった銃士人形)のことを思い出した。
「なっ?」
「ほう……」
「…………」
タナトスとアッシュは烈火の爆心地を凝視する。
烈炎が収まり現れたのは、黒こげのバーデュアでも彼女の残骸でもなく、まったくの別人だった。
銀髪のボブカット(襟首の長さで切り揃えられた髪型)で、左耳の後ろに一房だけ三つ編みがある。
前髪は真ん中で軽く分けられていて、後ろ髪は内側に向かうように切り揃えられているため、野暮ったいおっかぱと違って若々しくスポーティーな印象だ。
身に纏っているのは真っ白なビスチェ(肩紐のない)ドレス。
スカート部分は地に着かんばかりに長く、裾がふわりと広がっている。
肩から手首までを覆う特殊なアームウォーマーには、拘束着のような皮バンドがいくつも巻き付けられていた。
「NOっ! いきなり手首切り落として、後ろに蹴り飛ばすなんて酷いヨ!」
「あ、ガラクタ、生きてた」
銀髪の乙女の遙か後方で、両手首の無いバーデュアがペタンと地面に座り込んだまま、抗議の声を上げている。
どうやら先程の悲鳴は爆発に呑み込まれたからではなく、いきなり両手首を切断されて蹴り飛ばされたことに対するものだったようだ。
「手首は取り替えればいい、抜けた腰も填め直せばいい……無問題(ノープロブレム )です」
「ああ、何で立たないかと思ったら腰が抜けてたんだ。ダサいわね……」
銀髪の乙女はバーデュアの方を振り返りもせずに言い捨てる。
「で、お前は何者だ? 機械人形だということは一目で解るが……後ろで喚いているのとは大分造りが違うな」
「なっ、機械人形!?」
タナトスは、銀髪の乙女が機械人形だということと、それを一目で見抜いたアッシュ、両方に驚いた。
「申し遅れました。私の名はアルブム・アルゲントゥ……」
「MOUっ! オーバライン姉さんは相変わらずホワイトロリータならぬホワイトデビルネ!」
空気の読めないバーデュアが、『彼女』の名乗りを台無しにする。
「……ム。」
「…………え?」
「What? どうかしたネ?」
平静に最後まで名乗りきる『自称アルブム・アルゲントゥム』、理解が間に合わず呆然としたタナトス、自分の発言が何をもたらしたか解っていないバーデュア。
「……えっと、オーバラインなのか?」
「記憶(メモリー)には御座いませんが……かつてそう呼ばれていた存在だったと……ダイヤモンド様から聞き及んでおります」
「ダイヤモンド? ダイヤモンド・クリア・エンジェリックか?」
予想外の名前だった。
「OH !?  オーバライン姉さん、MEのこと忘れちゃったネ? HDDが故障(クラッシュ)でもしたネ?」
『クラッシュどころかネジ一本残っていませんわ』
軽やかな光輝(ひかり)と共に、ダイヤモンド・クリア・エンジェリックが出現する。
「内部に搭載されたメモリーしか共通点が無いのに『姉』と認識できるとは……姉妹の絆とは偉大なものですわね」
「memoryだけ? どういう意味ネ?」
「言葉通りですわ。残っていたのは一枚のメモリーだけ……他の部品(パーツ)は全て別物……いえ、『別人』ですわ」
ダイヤは自分がオーバラインの遺体(残骸)を『光輝処分』したことは口にしなかった。
「メモリー1枚? じゃあ、一時記憶しか残ってないネ?」
「さあ? わたくしは機械のことは何とも……詳しくありませんので……」
「詳しくない? じゃあ、あの身体(ボディ)はどうしたネ?」
「虚空上の倉庫で埃を被っていたお人形に、物は試しでメモリーを差し込んでみただけですわ」
無責任なことをさらりと言う。
「OH、無茶するネ……というか、他機種(他人)事ながらちゃんと保管と整備はしてあげて欲しいヨ……」
バーデュアは『今は姉の器になっている人形』に本気で同情しているようだった。
「まさか千年前の守護人形のメモリーが、三千年以上前の魔導人形と規格が合うとは思いませんでしたわ……」
「HAHAHA、ME達の時代の方が科学技術が退化しているからネ。そういうことも有り得るヨ」
進化の場合、部品がより高性能で小型になり、以前の規格(古い部品)と合わなくなる。
だが、技術が退化したのなら、使い回せる可能性は割と高い。
と言っても、あまりにも退化し過ぎてもやはり規格は合わなくなるが……。
「話は終わったか? で、次はそちらの魔導人形が私と遊んでくれるということでいいのか?」
「ダイヤモンド様のお許しが頂けるなら……私が魔(あなた)を断ち切って差し上げましょう」
「許可しますわ……アルブム・アルゲントゥム、あなたの刃で魔を断ち切りなさい!」
「YES、マイマスター! 対象を『断滅(だんめつ)』します!」
宣言するアルブム・アルゲントゥムの両手首には『太刀のような刃(ブレード)』が装着されていた。















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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